ねるまで昼

おいしいクッキーだけ

天使の頭ふたつぶん

冬の寒さがわたしに想起させるものはすべて、瓶の中に入れてコルクで封をしてしまったビー玉みたいなものである。一つ一つを取り上げると、どれもとりとめのないものだ。およそ半年ぶりに髪を切った日のこと、あるいは、ナッツのたくさん入ったチョコレートを独り占めした時間。通販で買ったスカートを一週間かけて受け取ったこと。映画館までの二時間半に繰り返し聴いた曲。どれも閉じていて、それが本当のことだと誰一人証明してくれない。わたししか知らない、わたしだけのガラス玉。

少しだけ空気を吸いやすくなったころ、わたしはその瓶を誰かに見せたいと思った。証明してほしいわけじゃない、わたしはこんなものを棚の奥にしまっているのだと、知ってほしくなったのだ。地味だけど、この宝物を、きれいだと言ってもらいたかった。わたしは慎重にならねばならなかった。瓶が割れたら、せっかく集めたものがすべてバラバラになってしまうから。手先が不器用な人ではいけない、好奇心が強すぎてもいけない。そういう人はきっと、笑顔でこれを割ってしまうだろうと考えた。だから、詮索しすぎず、しかし興味を持ってくれる君にだけ、見せることにした。

結論から言うと、この決断は正しく、また同時に間違ってもいた。君は薄暗い部屋で、机の上のライトが照らす瓶を見つめて、いいね、とだけ言った。それだけで十分だった。問題は、その反応に満足して、瓶をしまい忘れてしまったことだった。翌朝部屋の鍵を開けたわたしは、瓶の中身が床じゅうに散らばっていることに気づいて、ひどく狼狽した。色とりどりのガラス玉が広がっている光景に気を取られ、しばらく、机に向かっている女に気づかずにいた。

「きれいなんだよ。落とすところ。ほら」

女がこちらを向いて声をかけたとき、はじめてその存在を認めたわたしは、一瞬、瞬きを忘れた。次の瞬間、趣味のいいワンピースを着た女が、床のビー玉を拾い、高く持ち上げて、落とす。拾う。落とす。落とし続ける。繰り返される無意味な動きにあっけに取られていると、彼女はこう言った。

「ちゃんと撮っておいてね。そうでないと忘れてしまうよ」

馬鹿なことを言うものだと思った。わたしは全て覚えているというのに。しかし、繰り返し床に叩きつけられる瓶の中身がいつまで無事かはわからない。だから、とりあえず、ポケットに入っていた携帯でその様子を収めた。赤、緑、青、黄色、バラバラと床板に当たって大きな音を立てる。女の手に集められると、ガチャガチャと擦れる音がする。耐えられない、と思った。でも、綺麗だ、とも思った。こんなふうにバラバラ落ちて、全部散らばってしまってもいいかもしれないと思った。それくらい、ワンピースの柄と降ってくる色はまぶしかった。女は好奇心が強いわけでも、手先が不器用なわけでもなかった。ただ、幼いだけだった。瓶を割るのではなく、コルクを外されることもあるのだ、と、画面越しにタータンチェックを見つめながら、私は瞬きした。

 

それからしばらくして、わたしは爪をりんご飴色に塗った。全て塗り終わったあとで、ビー玉の中身が瓶に戻り、わたしは自由を手にしたのだ、と、誰に言われるでもなく知ったのだった。