ねるまで昼

おいしいクッキーだけ

あるけない

まっすぐ歩くのは難しい。誰かと歩くのも難しい。誰かとまっすぐ歩くのは、きっととんでもない困難だろう。わたしはいま、悪魔の役をもらった女優の気持ちで街を歩いている。足元を見下ろす。爪先がはげた靴を履いていると、だらしなく見られるらしい、とだ…

残念だがこれもまた

「運命だと思いますか?」 眠るたびに同じような夢をみる。まだその日はやってきていなくて、だからわたしはその日に向かってひたすら走っていて、だけどやっぱりその日がきて、だけど、その時間が続いてくれる。こことは違って。終わってしまったら終わりだ…

生体模写

細い光が部屋に落ちてきて目が覚めた。ベッドの上には私の部品という部品が散らばっている。指、そこからこぼれ落ちた指輪、耳につけていた石、足の爪。それらをひとつひとつ拾い集めないと、きょうの朝は始まらない。 昨晩なにがあったのか、わたしの頭は覚…

きたない

風が前髪を撫でる。私はふたりを背後に感じながら、ぼんやりと外を眺めていた。振り返ろうかと思ったその瞬間、大きな物音を立てて鳥が窓硝子にぶつかって、ベランダに落ちた。そのとき私の脳裏に浮かんだのは、ショートケーキを手で掴み、床に落とす自分の…

分かったつもりで

階段下収納に悪魔を飼いはじめて、もう半年になる。名前はない。あんまり喋らないし、男なのか女なのか、べつに性別とかはないのか、知らない。たまにポン菓子をあげると喜ぶけれど、夜行性なので昼間はずっと眠っている。わたしは夜眠ることにしているので…

天使の頭ふたつぶん

冬の寒さがわたしに想起させるものはすべて、瓶の中に入れてコルクで封をしてしまったビー玉みたいなものである。一つ一つを取り上げると、どれもとりとめのないものだ。およそ半年ぶりに髪を切った日のこと、あるいは、ナッツのたくさん入ったチョコレート…

冷や汗をかく

「全部偽物です。だから気持ち悪いんです。」 食品サンプルを見るのが好きだ。やっているのか怪しい中華料理店のテカテカしたチャーハン、なぜかフォークが浮いているイタリア料理店のパスタ、泡まで固められた喫茶店のクリームソーダ。ケーキの断面や麺の光…

牛乳に浸すだけ

長方形では邪魔なものが写ってしまうから、正方形に切り取らないといけない。たとえば汚い部屋、たとえばあまり美しくない友人、たとえば憧れの気持ち。僕は、まわりをすべて線で囲まれている君に恋をした。黒目が大きい君に、肌の白い君に、脚の切れた君に…

甘皮を傷つけた、今日

あれはまだ、わたしが今と違う名前を持っていたときで、きみが液晶に触れる指すら持っていなかった夜だった。朝になるのが怖かった。少しずつズラした世界の話を、100円もしない、やたら音のするシャープペンシルで、これまた108円で手に入れた、がさがさし…

透明

短いスカートは高校時代に一生分はいた。涙は一年間で数年分を使い切った。じゃあこれはどれくらいで終わりが見えるんだろう。あの人なら答えを知っている気がした。 チョコレートパフェをつついているときだけは自分を忘れられる。ベタベタに甘いしマーブル…